Micro Orchestrism (マイクロ オーケストリズム)

人間だけではなく、発酵食品の微生物も「クリエイター」なのではないか?
発酵酵母を「音楽の共演者」として位置づけるサウンドアート作品
作品タイプ
視覚・音響インスタレーション
素材 / テクノロジー
日本酒、木
ライブ音楽生成 (Pure Data)、動体検知 (OpenCV、Python)
受賞
Honorary Mention賞、アルス・エレクトロニカフェスティバル キャンパス部門2025

The New School Student Research Awards
展示
アルス・エレクトロニカフェスティバル 2025 (Ars Electronica 2025) Campus Exhibition、2025年9月3日~7日、リンツ市、オーストリア

ダッチ・デザイン・ウィーク 2025(Dutch Design Week 2025)、2025年10月18日~26日、アイントフォーヘン市、オランダ、United Cowboysギャラリーにて
プロジェクト概要
Micro Orchestrism (マイクロ オーケストリズム) は、発酵中の酵母を「音楽の共演者」として迎え入れることで、人間のみを創造力を持つ主体と位置づける従来のヒエラルキーを問い直す視覚・音響インスタレーション。

来場者は日本酒の発酵過程を見ながら、微生物の「呼吸」のパターンが雅楽の楽器の音に変換され、それが事前に用意された人間の演奏と共にリアルタイムの音風景を生成していく様を体験する。日常的には見えない微生物の活動を音に変換することで、人間中心主義的な「創造」の概念を揺さぶる。本作品は、作家が日本酒蔵訪問にて感じた「日本酒は人間と微生物の共同作品である」という概念と、酒の作り手である蔵人が微生物を繊細にケアしつつも狙った味を出すためにコントロールしようとする、「ケアとコントロールのバランス」に着想を受けて制作された。
着想
音楽発酵からの着想
この作品は、酒の発酵中に音楽を聴かせる「音楽発酵」の取組から着想を得て生じた、「音楽」を媒介に、私たちと微生物の共創関係を探ったら、何が見えてくるだろうかという問いから始まった。
酒蔵の訪問
日本とアメリカの複数の酒蔵を訪ねるなかで、日本の蔵人の一部に共有される次のような姿勢に強い独自性を見いだし、作品コンセプトを形成。
"麹菌——清酒発酵の立ち上げを担う微生物——が心地よく生きられる環境を、五感を総動員して探る"
"異常なにおいが漂えば、麹の気持ちを想像し、即座に手当てをする"
"人間と微生物の境界を尊重することが大切"
"狙う味へ導くことはできても、最終的な味を決めるのは微生物だ"
“安定した品質のため外部環境の調整を精密に行うが、微生物も生き物なので完全にコントロールできるわけではない。人間と微生物の間に絶妙なバランスがある"
本作品では、酒の味そのものを微生物の創造的アウトプットとして捉えた。醸造は、安定の品質を求める管理の欲求と、生物に対する敬意——完全な制御には抗う存在との協働意志——との間の交渉ともいえるのではないだろうか。Micro Orchestrism は、この人間の制作と人間以外により独自に営まれるプロセスの間に生じる摩擦と親和を、共作(co-composition)として舞台化する。
酵母と会話する「言語」としての泡
本作品は清酒造りを、微生物へのケアの倫理に支えられた協働的な創造実践と捉える。例えば蔵人は、様々な計測技術が発達する以前も発酵中の酒の表面に現れる泡の状態を「読む」ことや、匂いを嗅ぐことによって酵母の状態を把握していたと言われている。蔵人は五感を研ぎ澄ませて発酵プロセスを導き、酵母は整えられた環境に応答して味を形づくる。それは人間が他の生命を気遣う行為であると同時に、制御の試みでもある。一方、微生物は完全には制御できない。よい酒づくりには、人と微生物の継続的な「対話」が不可欠であるという。本作はこの交渉関係を音へと翻訳し、人間と発酵酵母共作の音風景として提示する。
雅楽―自然と共に奏でる音楽―
雅楽は日本の古代宮廷音楽で、その音階・奏法・自然素材の楽器は1400年以上にわたりその形を大きくは変えずに保ってきたと言われる。ノイズを徹底的に排除するアプローチとは対照的に、雅楽は主として屋外/半屋外で演奏され、松風や川のせせらぎ、時には赤子の泣き声といった偶発音をも美の一部として抱きとる。自然本来の倍音や「粗さ」に宿る美を認め、自然とともに生成していく姿勢を体現しています。そうした意味で雅楽は、醸造と同様に、人間と非人間の協働によって編まれる more-than-human(人間を越えた)実践と捉えることができます。人の意図非人間のエージェンシーが交わるところに、独自の美が立ち上がる——本作はその交点に耳を澄ませます
Sake yeast as intermediary of spirits
In Shinto ritual, sake—brewed from rice gifted by the gods—is first offered to kami and then shared communally, binding people to the sacred. I thought microbes quietly drive this transformation, turning rice into sake through fermentation and acting as unseen intermediaries between humans and kami. This project highlights that creative partnership—respecting microbes’ power without deifying them—to explore how humans and microorganisms can collaborate in new, expressive ways.
Credits
Micro Orchestrim by Kaori Ogawa (Overall Concept, Visual Design, System Deisgn and Programming), developed in collaboration with Kaito Nakahori (Musical Composition) and Harpreet Sareen (Conceptual Feedback, Technical Architecture, Editorial Collab)
Acknowledgements
Materials support: Synthetic Ecosystem Lab, Parsons School of Design, DASSAI USA, Inc.
Fabrication support: Kohei Takegawa
Photo credits: Ken James Kubota
Sake brewing advice: Brooklyn Kura, Izumibashi Sake Brewery Co., Ltd.
Funding support: The New School - Student Research Awards 2025